Project Story #3

「No.1製薬コンサルタント」の
向かう先

禰宜田 恵

人材紹介事業部

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間接的に人々の命を守ることを意味する、
製薬業界のコンサルティング。
顧客に対し、業界に対し、
もっと貢献するにはどうしたら良いか…。
世界的大手製薬メーカーB社の支援で
業界No.1に登り詰めた
禰宜田(ネギタ)が出した結論は、
クイックに“内勤型コンサルタント”という
新たな職種を作ることだった。

1

200分の1。

禰宜田にとって、忘れられない企業がある。それは入社2年目のときに担当することになった、大手外資系製薬メーカー・B社。がんやAIDS、アルツハイマーといった治療が難しかった病気の特効薬を開発した同社では、その薬をいち早く全国の医療機関に導入してもらうため、年間数百名もの採用が必要だった。文字通り何万人もの命に直結する採用を成功させるため、B社は200社もの人材紹介会社と一斉に取引をしていた。競合コンサルタントの大半が、10年以上のキャリアを持つベテラン勢。禰宜田は当初、人事に名前すら覚えてもらえなかった。

だが、199社の競合に対し、全く歯が立たなかったわけではない。多くの企業は分業制(※)で、コンサルタントが求職者のことを直接理解しているわけではない。一気通貫で企業と求職者の双方を担当する禰宜田には、他社よりも、求職者の想いや状況を正確に語ることができた。加えて彼女はスポンジのように製薬業界の膨大な知識を吸収し、気付けば他社が手をこまねく難関職種の採用支援も成功させるようになっていた。
※コンサルタントが企業担当と求職者担当にわかれているスタイルのこと。

2

「ウチに来ないか」。

自分のクライアントの薬にしか救えない命がある。そんな製薬業界の担当であることを、禰宜田は誇りに思っている。4年目の終わり、彼女はついに快挙を成し遂げる。B社の中でも最重要課題に位置づけられていたMR職の大量採用で、紹介会社200社中、No.1の実績を達成したのだ。実にB社がその1年で採用したMRのうち8割以上が、禰宜田らクイックの支援によって実現したものだった。200分の1の存在に過ぎなかった禰宜田は、唯一無二のコンサルタントとして、B社から表彰を受けた。

かつて名前さえ覚えてくれなかった人事担当者は、「禰宜田さん、ウチに来ないか」と禰宜田に言った。「君が来てくれれば僕としても心強いんだが」。禰宜田はしばらく考えた後、「お気持ちはとても嬉しいです。でも、私は今のままコンサルタントとして、一人でも多く優秀な方を御社にご紹介した方が、御社に貢献できると思います」と答えた。

3

顧客に貢献するために、
顧客から離れる。

そんな禰宜田に、B社の人事担当者は、ぽつりとこう言った。「じゃあ禰宜田さん、何があってもやめないでね」。聞けば、他社の女性コンサルタントが立て続けに寿退職しているのだという。「当社にこれだけ貢献してきた君を失うのは、当社にとって大きな痛手です」

「私は大丈夫ですよ」と禰宜田は笑って見せた。時短勤務をはじめとする各種制度が整うクイックには、結婚・出産後も働き続けている女性コンサルタントがたくさんいたからだ。
だが、いざ結婚を迎えると、禰宜田の中にある心境変化があった。仕事も大切にしたいのは変わらない。ただ、考えていた以上にパートナーを支える事に力を注ぎたい…。どうしたら家庭にウェイトを置きつつ、今まで通り顧客に貢献し続けられるだろう? 考えた末に禰宜田が出した結論は、B社を含むすべての担当企業を後輩に引き継ぐことだった。

4

新しい職種を創り出す。

顧客をすべて引き継ぐといっても、自分のキャリアを捨てるわけではない。むしろ、禰宜田が目指したのは、今まで以上に多くの製薬企業に貢献することだ。これまで培ってきた知識・経験を軸に、コンサルタント業務の内勤部分のみを専門的に行いつつ、若手コンサルタントたちを育成・バックアップすることで、何十社、何百社という企業を間接的に支援する。
その一方、顧客とのアポイントがなくなり、定時上がりや時短勤務といった働き方が実現しやすくなる。そんな、限られた時間で最大の成果を発揮するための新職種を、禰宜田は上司と同僚を巻き込みながら築き上げていった。

禰宜田の作った職種は内勤型コンサルタントと呼ばれ、今では9名の女性が活躍するチームとなった。だがそこに禰宜田の姿はない。彼女は出産という人生の転機を迎え、1人の母となっていた。以前よりもさらにいのちの尊さを知った彼女は、自ら立ち上げた内勤型コンサルタントチームに復帰できる日を待ちわびている。禰宜田の帰りを楽しみにしているメンバーたちと共に、再び製薬業界に貢献できることを。

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